「父さま、本当に僕でも空を飛ぶ事が出来るでしょうか?」
不安そうにミカエルを見上げる永久に、ミカエルは静かに微笑み
「大丈夫ですよ、ゆっくりでいいんです。私がついていてあげますから」
そう言って永久の両手をとり、ゆっくりと少しずつ手をひいていく。
じっとりと額に汗をかきつつも永久もおずおずと足を進めていった。
だがあと少しで空中に踏み出すという所で足がすくみ、その先へと進む事が出来なかった。
飛ぶ練習を始めてからいつもそこで止まってしまっていた。
練習を始めてから10日程になる。言い出したのは永久から・・・
「父さまと一緒に天界の大空を自分自身の羽根で舞ってみたい」
その想いからだった。その事をミカエルに告げると喜んで協力すると指導役を自らかってでた。
初めのうちは嬉しかった、焦らずゆっくりでいいのだと辛抱強く教えてくれる
優しい父ミカエル。練習とはいえ、大好きなミカエルと一緒にいられる事が
永久にとってとても嬉しかった。
でも最近は自分に対して情けない思いで一杯だった・・・
練習に付き合ってくれるミカエルの為に一日も早く飛べるようにならなくてはという焦りと、
空中に足を一歩踏み出す事への恐怖。
果たして自分は本当にこの羽根で空を飛べるのかという疑問。
・・・自分は完全な天使ではないから・・・?
永久は大きくかぶりを振り、ミカエルから手を離した。
「やっぱり駄目なのかな。父さま、僕には貴方から頂いたこの羽根がありながら、
空を舞うどころか未だに空中に一歩も踏み出せない・・・こんな・・・
こんな飛べない翼に意味なんて・・・」
泣いてはいけない、永久はそう思いミカエルから背を向けてみたものの
自分の意思に反して出てくる涙は止めようがなかった。
自分から言い出して始めた事なのに。早く飛べるようになりたいのに。
何故上手くいかないんだろう、もうどうしていいか分からない・・・
背を向けて肩を震わせてしまっている永久の側にミカエルは静かに歩み寄り、
「そんな事はありませんよ。永久、この羽根は貴方自身なのですよ。
今はまだ小さいけれど、貴方の成長と共に立派な美しい翼になるでしょう。
意味が無いなんてそんな悲しい事言ってはいけませんよ・・・」
穏やかな口調でそう永久に言い、彼の小さな羽根に触れてそっとさすりだした。
「私も初めはなかなか飛ぶ事が出来なかったのですよ、ですから今の
貴方の気持ちが分かります。自分の焦りとは裏腹に身体が動いてくれない、
どうしていいのか分からなくなった時、こうして私の羽根をさすってくれた方がいました」
ミカエルはそう言ってから永久の前にかがんで、涙で濡れている彼の顔をそっと拭いた。
永久はその時ミカエルの表情を見て思った。懐かしさと、寂しさが入り混じったような父の表情。
彼にそんな顔をさせるのはこの世でたった一人・・・
「その人って、刹那兄さんの・・・お父さん?」
「そうです。刹那と未来の父親、・・・私の兄です」
遠慮がちに尋ねる永久にそうミカエルは答えて穏やかに微笑んだ。
「上手くいかないと泣き言を言っていた私によく・・・こうして羽根をさすってくれたものです。
そして諦めるな、私はお前が飛べるようになるまでいつまでも待っているからと言って
私が自力で飛べるようになるまで練習に付き合ってくれました。ですから永久・・・」
永久の前にしゃがんでいたミカエルは真剣な表情で、
「・・・私も貴方が飛べるようになるまでいつまでも見守っていますから、
諦めないでゆっくりと少しずつ頑張りましょう」
そうつぶやいてからスッと立ち上がり、永久の頭をポンポンと軽く叩いた。
「今日はこの辺にしておきましょう、そろそろ屋敷に戻らないと・・・
お茶の時間に間に合わなくなりますから。ラファエルたちが待っていますよ」
「父さま、僕もう泣き言言わないから・・・頑張るから、飛べるようになるまで
練習に付き合ってくれる?」
満面の笑みを浮かべてそっとすがり付いてきた永久にミカエルは
「もちろんですよ、二人で少しずつ頑張っていきましょう」
そう言うと永久の手をそっと引いて屋敷の方へ歩き出した。歩きながらミカエルは永久にこう言った。
「飛べるようになったら刹那の所へ行って最初に報告しなくてはいけませんね」
「うん!きっと兄さんビックリするだろうな〜、頑張らないと♪」
もう明日の練習の予定を計画している永久をみて昔の自分を見ているようだと
思わず自分の幼少時代を懐かしんでしまったミカエルであった・・・